薬師堂の花まつりから

北西町の鎮守、八幡宮の境内にある薬師堂の前に、お釈迦さまの誕生を祝う花御堂をつくり、皆さん甘茶を誕生仏にかけておまいりしました。花祭り5月7日。

境内にある集会所には、薬師寺の橋本凝胤大僧正筆「我思無邪見」の額が掛けられています。
昔から揚げと醤油だけで炊いてつくるおにぎりはこだわりの味です。このおにぎりも昨年は一度途絶えましたが、今年からまた復活しました。素朴な中にも飽きのこない、美味しいおにぎりをいただいて帰ってきました。
神仏を祀り、食をともにすることは貴重なことです。昨今は物に溢れ、食べられることに喜びも感謝もなくなってきました。
よほどのご馳走ならばグルメとしての喜びもあるでしょう。
手を合わせて、「いただきます」「ご馳走さま」という言葉は、誰に対して言っているのでしょうか?
最近、学校の給食費を払わず高級車に乗る親もいれば、「給食費を払っているお客さまなのだから、子供たちに『いただきます』『ごちろうさま』と言わせるのをやめて欲しい」と、学校側に訴える横暴な親がいると聞きました。
お金はあっても、食べることはできません。作ってくださるお百姓さんや、漁師さんの力があっていただくことができるのです。それだけではありません。天地自然の力が働いてできているのです。人は、自分一人の力だけで生きているのではありません。天地自然の恵みがあり、そして多くの人々の“お陰さま”で生かさせて頂いているのです。
薬師寺では、食事の時には五観の偈と六方礼拝を唱え、最後に「喜びと・感謝と・敬いの心をもって頂きます」といってから頂くのです。
ご飯をいただける喜び、作って下さった人々への感謝、そして天地自然に敬う心を持って、手を合わせていただくのです。野菜や肉、魚などの御命を頂戴して、この身が存続しています。その意味から、『(御命を)いただきます』と言うのであり、昔から日本文化の中に息づいてきた儀礼の一つであると思うのです。
腹が減ったので食べるのではありません。
働きに応じて頂きます。
腹八分目で頂くと薬食(やくじき)といって医者いらずで健康です。食べ過ぎると病気になります。薬でも決められて量を飲むので効き目があります。よく効く薬だから多く飲めば早く直るかというと違います。睡眠薬も飲みすぎると永眠薬になってしまいます。
私たちは腹八分目と思ったころには、もう100%食べています。もうお腹いっぱいと思ったころには120%食べてはいませんか。
腹八分目で感謝の心を忘れないように生活をしたいものです。
合掌 基達
| 固定リンク
「奈良薬師寺」カテゴリの記事
トラックバック
この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1017290/20828857
この記事へのトラックバック一覧です: 薬師堂の花まつりから:
